矯正治療に関するアンケートの結果(1)
以前、マルチブラケット装置(図1)で治療中の患者様にご協力いただきアンケートを行ったことがあります。
私自身矯正治療を受けた経験があり、治療中の痛みや違和感は理解していますし、治療を開始した患者さんほぼ全員に「何日ぐらい痛かった?」「どれぐらい痛かった?」という質問をしています。
また、治療中に装置が外れるなどのトラブルの頻度も経験的になんとなくは把握しているのですが、アンケートによってより客観的に認識できればと思い、調査を行いましたが、それ以上に現在矯正治療中の患者様や、これから治療を開始する方の不安解消や有益な情報が得られのでは?と考え、質問項目はこれまでによく尋ねられていたことや、治療中に気になっていたこと、患者さんとの会話などを参考にして私自身が考えて設定しました。
このような実態調査はサンプル数が多いほど客観性が増しますので、友人の矯正専門歯科医院の先生2名にも協力していただき、3医院合計で236名の方々にご記入いただきました。
今回はまず集計結果の報告だけを行い、次回から各質問項目についての考察、コメントを掲載していきたいと思います。
(※2011年に行った調査結果の再掲載になります。)
矯正治療における副反応(副作用)について(1) ブラックトライアングル
以前にも少しお話したことがありますが、今回から矯正治療における副反応(副作用)について説明していきたいと思います、矯正治療により歯並びが変化することで、噛み合わせや見た目が良くなる反面、好ましくない変化も起こる可能性があります。
Q:ブラックトライアングルとは何ですか?
ブラックトライアングルとは、歯と歯の間、そして歯茎に囲まれた部分にできる三角形の隙間のことです(図1)。
図1 ブラックトライアングル
図2 健康で理想的な歯茎
理想的な歯と歯茎の関係では図2のように歯と歯の間は歯肉(歯間乳頭)で満たされています。何らかの原因で歯間乳頭が減少し、口の内側とつながった状態がブラックトライアングル (BT)です。
Q:ブラックトライアングルの原因は?
①歯肉炎や歯周病によるもの 細菌が産生する毒素によって歯茎が腫れた状態の歯肉炎が、歯を支える骨(歯槽骨)にまで達して歯周病へ進行すると、歯槽骨が次第に溶けて破壊され、骨の高さが低くなります。その上に付着する歯茎の位置も下がることでBTができます(図3)。
また、歯磨き不足などによる歯肉炎で三角形の隙間が目立たないことが多く、炎症が改善され歯茎の腫れが引くことで、BTが目立つ場合もあります(図4)。
図3 歯肉と歯槽骨の断面図(左は健康、右は歯周病の状態)
図4 歯肉炎により歯間が歯茎で満たされている状態
② 加齢
年齢とともに歯を支える骨や歯茎などの周辺組織の細胞活性が下がり、歯槽骨の高さは低くなっていきます。そのため、歯を支える歯茎も退縮しBTが形成されやすくなります。
③ 咬合性外傷
噛む力が強すぎると、歯だけではなく、歯槽骨や歯茎が損傷しBTが形成されることがあります。
④ 歯磨き方法
硬い歯ブラシの使用や、強い力で磨き過ぎると、歯茎が傷ついたり薄くなったりするためBTが形成される原因になることがあります。
⑤ 歯や歯茎、歯槽骨などの元々の体質
歯の形や大きさ、歯を支える骨(歯槽骨)の厚さなどには個人差がかなりあります。歯槽骨がもともと薄い人、歯肉がもともと薄い人、歯の形が三角形に近い人などは、そうでない人に比べてBTが形成されやすい傾向にあります(図5,6、7)。
図5 様々な歯の形
図6 歯の形によるBTの違い 同じ形でも幅や長さによって隙間の見え方が異なる
Q:なぜ矯正治療をするとBTができるのですか?
歯が重なって生えている部分や歯が外側に倒れている部分には元々歯を支える十分な骨(歯槽骨)がありません。そのため、歯並びの改善により移動してきた歯の周りに歯茎や骨が新たに理想的な状態で再生する可能性は低く、どうしてもBTが形成されやすくなります(図8)。この傾向は歯の移動量が多いと増強され、さらに上記のような様々な原因が重なることで、よりBTがより発生しやすくなります。
図7 レントゲンで見た歯槽骨の厚さ
治療前の下顎前歯部
↓↓↓
治療後の下顎前歯部
図8 デコボコのある部分の治療前後の変化(元々骨のないところに並んでいた歯が整列ししているため、歯茎や骨は完全には再生できていない)
Q:BTで困ることは何ですか?
僅かな隙間があるためゴマなどの小さな食べ物が詰まりやすくなったり、見た目に影響が出たりします。多くの場合よく見ないとわからない隙間ですが、大きくなると気になる方は少なからずいらっしゃいます(図9)。
Q:BTを治すことはできますか?
原因は歯を支えている骨や歯茎の減少なので、根本的な改善には骨や歯肉の移植が必要です。ただこのような外科手術は、技術的に困難で一般的にはあまり行われてはいません。
目立たなくするには歯を少し削って隙間を詰めたり、差し歯にして歯の形そのものを変える方法がありますが、残念ながら効果も適応範囲も限定的です(図10)。
図9 上下顎前歯部にできた比較的大きなBT(三角形の歯で治療前の叢生が強く、元々歯肉の退縮もあったケース)
図10 歯を少し削るストリッピングによりBTを小さくすることが可能(他の部分に隙間ができるため注意が必要)
ブラックトライアングルは、できてしまうと完全に改善するには大掛かりな手術が必要になりますが、大きな支障があるわけではないためそのままにしておくことが一般的です。効果的な予防法もなく、比較的よく見られる副反応(副作用)ですので、矯正治療を行う上でのリスクの一つとしてご理解いただければと思います。
不正咬合の種類(9) 交叉咬合、鋏状咬合、偏位咬合
今回は交叉咬合、偏位咬合について、Q&A形式で説明していきます。
Q:交叉咬合(こうさこうごう)、鋏状咬合(はさみじょうこうごう)、偏位咬合(へんいこうごう)とは、それぞれどのような歯並びの状態のことでしょうか?通常、上の前歯は下の前歯の外側(唇側)に位置していますし、上の奥歯も下の奥歯の外側(頬側)にあるのが正常です。交叉咬合はこの関係が逆になっている状態、つまり下の前歯や奥歯が上の前歯や奥歯の外側(唇側や頬側)にある状態のことです(図1、2)。前歯部の交叉咬合が複数歯に連続して起こると反対咬合と呼ばれます(図3)。
図1)前歯部の交叉咬合
図2)臼歯部の交叉咬合
図3)反対咬合
奥歯には内側と外側に山(咬頭)があり、その間に谷(窩)があります。正しい噛み合わせでは上の谷と下の外側の山が当るはずですが、上の歯が外側に向きすぎていたり、下の歯が内側に倒れすぎたりすることですれ違いが起きることがあります。このようなかみ合わせを鋏状咬合といいます(図4、5)。
図4)鋏状咬合 外側から
図5)鋏状咬合 内側から
偏位咬合とは上の歯並びに対して下の歯並びが左右方向にズレた噛み合わせのことです。
図6)偏位咬合
図7)下顎骨の変形と、顎顔面の左右非対称が見られる
気が付かないこともありますが、このような噛み合わせの方は、上下の顎が骨格的に大きくズレていることがあります(図6、7)。
Q:交叉咬合、鋏状咬合、偏位咬合をそのままにしておくとどのような弊害がありますか?
色々な弊害が起こる可能性がありますが、交叉咬合も鋏状咬合も発生する部位によっては噛み合わせに影響を及ぼすことがあるので注意が必要です。又、正しくかみ合わさらないことで、上下の歯が異常に削れたり(咬耗)歯周病のように歯がぐらぐらになったりすること(咬合性外傷)もあります。偏位咬合は顎の変形に関与するだけでなく、顎の動きにも影響を与えるため、顎関節症を発症しやすくなります。残念ながら、顎骨や顎関節の変形は矯正治療だけでの改善は不可能で、ズレが大きい場合外科的な治療が必要になります。
Q:どのような治療方法がありますか?
交叉咬合の治療は混合歯列期と永久歯列期では多少治療方法が異なります。永久歯列期ではマルチブラケット装置(図8)で改善しますが、混合歯列期ではクウォードヘリックス(図9)やリンガルアーチなどの装置を使用することが多くなります。
図8)マルチブラケット装置
いずれの時期でも、治すために歯を並べるスペースが必要な場合は抜歯が必要なこともあります。
図9)クウォードヘリックス
鋏状咬合の治療は、下顎歯列が狭すぎる場合は拡大を行います(図10)。外側を向いた歯を内側に向けるために、図のようなリンガルアーチを使うこともあります(図11)。
また、上の歯の外側と下の歯の内側にゴムをひっかけてもらう治療法(クロスエラスティック)などもあります。
図10)下顎の拡大用リンガルアーチ(左の奥歯が倒れている)
図11)特殊なリンガルアーチ
Q:交叉咬合や鋏状咬合の治療の開始時期はいつがいいでしょうか?
交叉咬合や鋏状咬合は偏位咬合や顎の左右への変形や顎運動の異常の原因になることがあるため、気が付いたらできるだけ早く治療を開始した方が良いでしょう。左右どちらかに偏った強い噛み癖が付いてしまうと、改善はより難しくなります。
Q:偏位咬合は治りにくいですか?実際の治療例を見てみましょう。症例1は上顎が下顎より狭く、右側への偏位咬合と前歯部臼歯部の数か所に交叉咬合がある高難度の症例です(図12)。治療期間は3年半(図13)。症例2は左側犬歯だけの交叉咬合で一見簡単そうですが、左側で噛む癖が非常に強く、なかなか変位が治らず、治療期間3年3か月でした。(図14、15)。2症例とも正中のズレは治っていません。
図12)症例1 治療前
図13)症例1 治療後
図14)症例2 治療前
図15)症例2 治療後
症例3は混合歯列期の臼歯の交叉咬合です(図16)。上顎の拡大と部分的なブラケット治療だけで1年ほどの治療期間でした。図17は永久歯が生え揃った4年後の写真ですが、ほとんど問題なく咬合しています。
混合歯列期の場合、噛み合わせの癖がそれほど強
くなければ比較的簡単に治ることもありますが、一般的には偏位咬合の改善には時間がかかり、矯正治療だけでは完全に治せない場合もよくあります。骨格、顎関節症などの機能的問題が大きい人や、左右非対称の見た目も改善したい場合は外科矯正を選択する方が良いと思います(図16,17)。
図16)症例3 治療前
図17)症例3 治療後
スタッフの矯正治療体験談
当医院のスタッフ(衛生士)が以前から当医院で治療中でしたが、昨年10月に無事終了しました。
今回は現在治療中の患者様や、これから治療を開始する方々のご参考のため、治療の経過といくつかの質問、体験談を掲載したいと思います。
●初診時年齢 35歳 女性
主訴:正中が合っていない
症状:下の歯の正中が左側にずれています。骨格的に上顎がやや大きく、前方にあり上顎前突(出っ歯)です。下の前歯にデコボコがあり、右上の第一大臼歯が欠損しており普段は一歯だけの入れ歯が入っています。
診断:下顎の左側偏位を伴う上顎前突、大臼歯欠損を伴うAngleⅠ級Large overjet及び叢生
治療方針:奥歯が1本ないので、非抜歯での治療も提案しましたが、口元の突出感の改善も希望したため左上の小臼歯1本と下顎の小臼歯2本を抜歯して、奥歯が1本ない右側の小臼歯を遠心移動(後ろに動かす)して治療を行うことにしました。
治療経過:元々顎が左に偏位している骨格のため、噛み合わせが理想的になっても上下の正中はぴったり合わない可能性があることを理解してもらい治療を開始しました。右上の小臼歯を後ろに移動するのは時間がかかるため矯正用インプラント(TAD)を使用しましたが、残念ながら定着せず2度ほど脱離してしまいました。仕方なくインプラント無しで治療を継続したため予想より治療期間が長くかかってしまいました(治療期間2年9か月)
コメント:上下の正中は何とか合わせることができました。奥歯の本数の違う右側のかみ合わせも問題なく、上の前歯の突出も改善されました。口元も少し引っ込みました。
●治療前後のレントゲンの比較 治療前(左)治療後(右)
●治療前後の口腔内写真の比較
治療前
治療後
●体験談・治療後の感想
Q1 矯正治療をしようと思った理由はなんですか?
正中が合っていないうえ前歯が片方だけとび出ていて、唇を閉じても歯が一部だけ見えてしまっているのが嫌で機会があればやりたいと思っていました。そこにもともと倒れていた下の犬歯がさらに動いている様子だったので、これを機に始めようと考えました。
Q2 治療中一番大変だったこと、つらかったことはなんですか?
はじめて前歯にブラケットを付けたとき、初めは熱まで出てきてしまい大変でした。ただ、初めての時が衝撃的だったので、その後の痛みはそこまで気になりませんでした。
Q3 矯正治療中の患者さんにアドバイスはありますか?
口の中の事なので、ちょっとした変化で不安になったり気になったりするとは思いますが、痛みや違和感については必ず慣れていくので、そこまで心配しなくて大丈夫です。
Q4 現在リテーナー使用中ですがどのような感じですか?
想像していたより大きいものが口の中に入っている感覚で、発音するときに舌がリテーナーにあたるので、サ行、タ行の発音をするときに舌の動かし方を変える必要がありました。ただ、ブラケットと違って凹凸が少ない上に歯並びが整っているので、唇を自然に動かせて快適です。
Q5 治療が終わった今の感想をお願いします。
歯並びが良くなったので歯磨きがしやすく、フロスも通しやすくなりました。口を閉じたときに歯が一部見えてしまうのも改善されたので、とても嬉しく感じています。矯正中にできた変な癖があるので、口元の筋肉を意識して綺麗な笑顔を作れるように練習中です。歯並びは口周りの筋肉と舌それから噛み合わせが密接に係わってくるので、これからもいい状態を維持できるよう意識していきたいと思っています。
不正咬合の種類(8) 上下顎前突
Q:上下顎前突(じょうがくぜんとつ)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
言葉通り、上の顎も下の顎も両方突出している状態のことをいいます。又、顎骨自体が突出していなくても上下の前歯が突出している場合も上下顎前突に分類されます(正確には上下顎歯槽前突 図1,2)。
口元が突出した顔貌のため、患者さんの中には「口ゴボ(くちごぼ)」と表現される方もいらっしゃいます。
上下顎の関係では上顎前突や下顎前突だが、前歯が上下とも突出している場合はⅡ級の上下顎前突(図3)、Ⅲ級の上下顎前突(図4)といった言い方をする場合もあります。
図1 上下顎前突の骨格
図2上下顎前突の口腔内
※軽度の叢生はあるが、噛み合わせに問題はない。
図3 Ⅱ級の上下顎前突 骨格
図4 Ⅲ級の上下顎前突 骨格
Q:上下顎前突をそのままにしておくとどのような弊害がありますか?
上下顎前突には機能的な問題はありません。見た目が気になるかどうかだけで、強いて弊害をあげるなら、歯が前に出て
いるため口が閉じにくいことです。
Q:上下顎前突の原因は何ですか?
頭蓋骨に対して上下顎骨が前方に位置しているのが上下顎前突の骨格的な特徴ですが、これは遺伝が主な要因です。白色人種ではその割合が少なく黒色人種では多く、黄色人種はその中間ぐらいの割合でみられます。
上下の前歯が出ている上下顎歯槽前突は、歯の大きさに対して顎が小さく、デコボコに並ぶ代わりに前方に倒れて並んでいる状態ですので、これも歯の大きさ、顎の大きさといった先天的、遺伝的な原因が強く関与します。ただ、デコボコに並ぶか前方に倒れるかは、その人の舌の力(舌圧)や癖、口を閉じる力(口輪筋)や口呼吸の有無なども関係するので、後天的な要素も原因になります。
Q:上下顎前突の治療の開始時期はいつがいいでしょうか?
永久歯がすべて生え揃い、顎骨が大きくなるのは中学生頃です。それまでは噛み合わせが完成しないため、治療は開始しない方が賢明です。ただし、上下顎前突の原因になる舌の癖、口呼吸などがある場合は、小学生以下の成長中にこれらの習慣を改善することで、多少ですが症状の悪化を予防できます。顎骨の成長が終了に近づき永久歯がすべて生えた状態で、口元の突出感が気になるようなら抜歯を行い治療開始となります。
Q:どのような治療を行いますか?
上下の前歯を後ろに下げたいため、犬歯の後ろの小臼歯を4本抜歯してマルチブラケット装置(図5)で治療を行います。親知らずを抜歯するとさらに後退量が増えるので治療前に抜歯することもあります。舌や口元の筋肉に問題がある場合は原因除去のため筋機能訓練を治療前に行います。これは治療後の後戻りの予防にもなります。より大きな歯の移動が必要なときは矯正用インプラント(図6)を併用することあります。
※以下の写真は治療例です(治療期間30か月)。口元の突出感が強いため、矯正用インプラントを併用しました。レントゲンの比較で口元が大きく変化したことがわかります。このケースではこのような結果になりましたが、元々の骨格や歯の大きさなど条件が様々なため、皆が同じ治療結果になるとは限りません。
図5 マルチブラケット装置
図6 矯正用インプラント
治療前 前方
治療前 側方
治療後 前方
治療後 側方
治療前(上)治療後(下)のレントゲン写真
不正咬合の種類(7)上下顎前突
Q:上下顎前突(じょうがくぜんとつ)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
言葉通り、上の顎も下の顎も両方突出している状態のことをいいます。又、顎骨自体が突出していなくても上下の前歯が突出している場合も上下顎前突に分類されます(正確には上下顎歯槽前突 図1,2)。
口元が突出した顔貌のため、患者さんの中には「口ゴボ(くちごぼ)」と表現される方もいらっしゃいます。
上下顎の関係では上顎前突や下顎前突だが、前歯が上下とも突出している場合はⅡ級の上下顎前突(図3)、Ⅲ級の上下顎前突(図4)といった言い方をする場合もあります。
図1 上下顎前突の骨格
図2上下顎前突の口腔内
※軽度の叢生はあるが、噛み合わせに問題はない
図3 Ⅱ級の上下顎前突 骨格
図4 Ⅲ級の上下顎前突 骨格
Q:上下顎前突をそのままにしておくとどのような弊害がありますか?
上下顎前突には機能的な問題はありません。見た目が気になるかどうかだけで、強いて弊害をあげるなら、歯が前に出ているため口が閉じにくいことです。
Q:上下顎前突の原因は何ですか?
頭蓋骨に対して上下顎骨が前方に位置しているのが上下顎前突の骨格的な特徴ですが、これは遺伝が主な要因です。白色人種ではその割合が少なく黒色人種では多く、黄色人種はその中間ぐらいの割合でみられます。
上下の前歯が出ている上下顎歯槽前突は、歯の大きさに対して顎が小さく、デコボコに並ぶ代わりに前方に倒れて並んでいる状態ですので、これも歯の大きさ、顎の大きさといった先天的、遺伝的な原因が強く関与します。
ただ、デコボコに並ぶか前方に倒れるかは、その人の舌の力(舌圧)や癖、口を閉じる力(口輪筋)や口呼吸の有無なども関係するので、後天的な要素も原因になります。
Q:上下顎前突の治療の開始時期はいつがいいでしょうか?
永久歯がすべて生え揃い、顎骨が大きくなるのは中学生頃です。それまでは噛み合わせが完成しないため、治療は開始しない方が賢明です。
ただし、上下顎前突の原因になる舌の癖、口呼吸などがある場合は、小学生以下の成長中にこれらの習慣を改善することで、多少ですが症状の悪化を予防できます。顎骨の成長が終了に近づき永久歯がすべて生えた状態で、口元の突出感が気になるようなら抜歯を行い治療開始となります。
Q:どのような治療を行いますか?
上下の前歯を後ろに下げたいため、犬歯の後ろの小臼歯を4本抜歯してマルチブラケット装置(図5)で治療を行います。親知らずを抜歯するとさらに後退量が増えるので治療前に抜歯することもあります。舌や口元の筋肉に問題がある場合は原因除去のため筋機能訓練を治療前に行います。これは治療後の後戻りの予防にもなります。より大きな歯の移動が必要なときは矯正用インプラント(図6)を併用することあります。
※以下の写真は治療例です(治療期間30か月)。口元の突出感が強いため、矯正用インプラントを併用しました。レントゲンの比較で口元が大きく変化したことがわかります。このケースではこのような結果になりましたが、元々の骨格や歯の大きさなど条件が様々なため、皆が同じ治療結果になるとは限りません。
図5 マルチブラケット装置
図6 矯正用インプラント
治療前 前方
治療前 側方
治療後 前方
治療後 側方
治療前(上)治療後(下)のレントゲン写真
不正咬合の種類(6)空隙歯列・正中離開
Q:空隙歯列(くうげきしれつ)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
アゴの大きさに対して歯の大きさが小さいと歯と歯の間に隙間ができます。隙間のある歯並び(すきっぱ)のことを空隙歯列といいます。特に上の前歯の中心に隙間がある場合は正中離開(せいちゅうりかい)といいますが、空隙歯列の一種です(図1,2)。
図1空隙歯列 いろいろな部位に隙間がある
図2正中離開 隙間は真ん中のみ
Q:空隙歯列をそのままにしておくとどのような弊害がありますか?
見た目が悪い以外の弊害としては①発音への影響②食べ物が隙間からはみ出て咀嚼しにくい③食べ物が詰まりやすく歯茎に傷が付きやすくなる、などがあげられます。
Q:空隙歯列の原因は何ですか?
顎の大きさに対して歯が小さいことが原因ですので、遺伝的な要素が関係します。顎が大きい人、元々歯の本数が少ない人や、歯の大きさが小さすぎる矮小歯がある人は隙間ができやすくなります。
正中離開は「上唇小帯」という唇と歯茎をつなぐ部分の位置や大きさが原因のことがあります(図3,4)。また、舌が大きすぎる人や舌の癖によって歯が押されること(図5)、下の唇を頻繁に噛む癖(咬唇癖)も上顎前歯に隙間ができる原因のひとつです。この場合は癖が治ると症状が改善されることもあります。
図3下顎前歯2歯の先天欠如
図4上顎側切歯の矮小歯と上唇小帯低位付着
図5舌癖が原因の空隙歯列
上下の歯列に隙間があるだけでなく上顎前突と開咬の症状が見られる
高齢者や歯周病が進行すると、歯を支える骨や歯茎が弱くなり噛む力や舌の力に負けて歯が外側に倒れることで隙間ができることがあります。また、噛む力(咬合力)や歯ぎしりが強い人も同様の症状が出ることがあります(図6)。
図6咬合力が原因と思われる空隙歯列
過蓋咬合(噛み合わせが深い)で、前歯がすり減っており歯茎の退縮(歯茎が減った状態)がみられる
Q:空隙歯列の治療の開始時期はいつがいいでしょうか?
原因になる癖がある場合は、成長期のお子さんでもすぐに始めた方が将来さらに悪くなることを防げるためいいと思います。ただし、成長期は顎が発達し、噛み合わせの変化があるため、この時期だけで治療が完了することはありません。すべての隙間を閉じるにはすべての永久歯が生え揃う中学生以降が本格的な治療の開始時期になります。
Q:どのような治療を行いますか?
基本的にはマルチブラケット装置かマウスピース型矯正装置を使用して治療を行いますが、その前に改善可能な原因を取り除きます。舌や唇の癖のある人は筋機能訓練等を行っていただき、歯周病がある場合は矯正治療前に一般歯科での歯周病治療が必要になります。上唇小帯の位置が悪い方は、すべてではありませんが切除する場合もあります。
歯の本数が足りない場合はその隙間に将来的にインプラントやブリッジなどの「補綴処置」を行うのか、上下のかみ合わせも考慮しながらどうやってすべての歯を噛み合わせるかを検討する必要があり、場合によっては上下の歯の本数を合わせるために歯を抜く場合もあります(図8,9)。
図8 治療前
下顎前歯の欠損
図9 治療後
上顎の小臼歯2本を抜歯して下顎と同じ本数にして治療
矮小歯の場合は、将来その歯をそのまま使うか、通常の形の差し歯などに作り変えるかを治療開始前に決定する必要があります(図10,11)。
図10 治療前
上顎側切歯の矮小歯
図11 治療後
側切歯はレジン修復により形態修正した
Q:治療後に隙間ができることがありますか?
すべての不正咬合に共通することですが、治療後にしっかり保定しないと歯は動こうとします。舌の癖や歯周病などの原因が改善されていない場合は、隙間ができやすい傾向にあるため注意が必要です。咬合力が強い方や舌が大きいなど改善ができない特徴がある方は、残念ながらしっかり保定してもわずかに隙間ができることがあります。空隙歯列は、他の不正咬合に比べて元に戻りやすい傾向があるため通常の保定装置に加えて図のような固定式のリテーナーを使用するようにしています(図12,13)。
図12 治療前
前歯部に空隙あり
図13 固定式のリテーナー
不正咬合の種類(5)過蓋咬合
今回は過蓋咬合について、Q&A形式で説明していきます。
Q:過蓋咬合(かがいこうごう)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
下の前歯がほとんど見えない位に上の前歯がかぶさっている状態のことです。正常な状態では奥歯で噛んだ時に、下の前歯が上の前歯の裏側に軽く触れていますが、過蓋咬合では下の前歯の切端は、歯ではなく上の前歯の内側の歯茎を噛んでいることもあります。
歯の大きさや傾斜角にもよりますが、上の前歯と舌の前歯の重なり(オーバーバイト)は2~4ミリが正常値ですので、それより大きいと過蓋咬合に分類されます(図1,2、3、4、5)。
図1過蓋咬合(前から)
図2過蓋咬合(横から)
又、上の前歯が内側に倒れていなくても図3,4のように前に傾斜していたり、図5のように反対咬合になっていても上下の歯の重なりが大きいと過蓋咬合と呼ばれます。
図3過蓋咬合の上顎前突(前)
図4過蓋咬合の上顎前突(横)
図5過蓋咬合の反対咬合
Q:過蓋咬合をそのままにしておくとどのような弊害がありますか?
見た目はそれほどおかしいとは感じないかもしれませんが、下顎の前後左右の動きが阻害されるため、顎の関節に影響が出やすく、下顎の前方への成長も抑制されます。又、下顎の前歯が磨り減ったり、上顎の前歯に強く当たることで出っ歯になることがあります。
Q:どのような治療方法がありますか?
前回の開咬の話の時にも説明しましたが、過蓋咬合の原因も骨格や筋肉など、遺伝的な要素が強く(図6)、成長がある場合はできるだけ骨格的な問題を改善する装置(ヘッドギアやバイオネーターなど)で治療を行います(図7、8)。又、ユーティリティーアーチ(図9)を使用して上の前歯を鼻の方向に押し込むような力(圧下)をかけて深い噛み合わせを治します。
図6過蓋咬合になりやすい骨格(反時計回りに成長しやすい)
図7ヘッドギア 上顎臼歯の遠心移動と挺出による咬合挙上を期待する。
成長が終了している場合はマルチブラケット装置で治療を行いますが、基本的に小臼歯の抜歯を行うと噛み合わせが深くなりやすいため、できるだけ抜かずに治す方法を選択します。
特に下の歯は抜きたくないためデコボコがたくさんあっても何とか抜かずに済むように工夫します。例えば先ほど説明したヘッドギアは奥歯を後ろに移動させることができるため、噛み合わせが深くなりにくくなりますし、側方に歯列を拡大することでも噛み合わせは多少浅くなるのでマルチブラケット装置と併用することもあります。
図8バイオネーター 臼歯部側方歯部の挺出を促す
図9ユーティリティーアーチ 前歯部と臼歯部にのみブラケットが装着されている。
図10 症例1正面
症例1。犬歯の根元が露出しているため上顎左右の犬歯を抜歯して治療しました。下の前歯は上の歯と強くぶつかっているため初めはブラケットがつけられません(図12)。
下の歯は抜歯していません。治療前は見えなかった下顎の前歯が見えています(図13,14)。
Q:過蓋咬合を予防するにはどうすればいいですか?
過蓋咬合、骨格や咬合力(嚙む力)に影響を受けます。一般的には6歳臼歯の後ろから第2大臼歯が生えてくることで噛み合わせが少し浅くなるのですが、過蓋咬合になりやすい骨格の方はこの時期になっても噛み合わせは深いままです。このような骨格の方は永久歯がすべて生え変わる少し前から奥歯を後ろに移動したり、側方に拡大するなどの治療を始めることで、ある程度過蓋咬合の悪化を防ぐことができます。(図15,16,17,18)
図11 症例1(横)
図12 症例1(治療途中)
図13 症例1(治療後正面)
図14 症例1(治療後横)
噛む力が強すぎることが原因の不正咬合
図15 混合歯列期の過蓋咬合
図16 横から見たところ、上顎前突の症状もある
図17 ヘッドギア使用後
図18 永久歯の生え変わりと奥歯が後ろに移動したことで過蓋咬合がある程度改善している。
Q:過蓋咬合の治療の開始時期はいつがいいでしょうか?
成長に個人差があるため一概には言えませんが、男児なら小学校高学年ごろから、女児は中学年ごろから。横の歯が生え変わり成長が始まる少し前に治療を始めるといいと思います。
不正咬合の種類(4)開咬
Q1:開咬とはどのような不正咬合ですか?
「オープンバイト」とも言いますが、歯をかみ合わせた時に上下の前歯の間にすき間ができて、奥歯でしか物が噛めない不正咬合です。通常は前歯に見られますが左右どちらか、又は左右両方の奥歯が噛めない症状(臼歯部開咬)の方もいます(図1、2)。
図1 前歯部の開咬
図2 臼歯部の開咬(側面)
Q2:開咬にはどのような弊害がありますか?
① 前歯で物が噛み切れない
② 奥歯でしか噛めないため歯がすり減り、負担がかかることで奥歯の寿命が短くなる。
③ 発音(サ行、タ行など)に影響が出る。舌足らずな発音になる。
などの弊害があります。
Q3:開咬の原因は何ですか?
骨格や筋肉など遺伝的な原因と、舌や唇の使い方、習慣や癖による原因があります。この二つの原因が両方あると治療は非常に困難になります。顎関節の異常が原因の場合もあります。
① 骨格による原因:開咬になりやすい骨格とそれとは逆の「過蓋咬合」になりやすい骨格があります。これは遺伝的な要因が強く、骨格そのものを治すことはできません。開咬の人はもともと前歯で噛むための筋肉が弱い傾向にあります。(図3、4)
② 癖や習慣による原因:指しゃぶりやおしゃぶりの長期利用により前歯がかみ合わなくなることがあります。指しゃぶりがなくても上下の前歯を舌で押す癖(舌突出癖)や口呼吸によって、常に舌が下の歯を押している状態(低位舌)は多くの開咬の人に見られる特徴です。
一度開咬になってしまうとその隙間に舌や唇が入り込む癖が発生して、症状が悪化することがあります。前歯ではなく奥歯で舌を噛む癖がある人や、お口の大きさに対して舌が大きすぎる人などでは臼歯部開咬が起こりやすいようです。又、正しい食べ物の飲み方ができない異常嚥下癖も開咬の原因になります。(図5、6、7 )
最近ではアレルギー性鼻炎から口呼吸になり、それが原因で開咬になったと思われる患者さんを多く見かけます。このような方の場合は、耳鼻科に通院して鼻の症状を治してから矯正治療を開始することをお勧めしています。骨格や機能的な問題両方が大きすぎる場合は、外科矯正による治療が必要になります。
図3 開咬になりやすい骨格
図4 開咬になりにくい骨格
※下顎の形の違いに注目
図5 舌突出癖(飲み込むたびに舌が上下の前歯を押す癖)
図6 低位舌(常に舌が下顎の歯と接して歯を押している)
図7 正しい嚥下と異常嚥下
Q4:どのような治療をしますか?
開咬の原因の多くは舌の癖ですので年齢に関係なく、まずは正しい舌の使い方を覚える筋機能訓練を行います。必要があれば舌だけではなく唇の訓練を行うこともあります。癖を治すのは簡単ではありませんので、患者さん自身に頑張ってもらう必要があります。
その後お子さんの場合は成長があるため、第2大臼歯が生えてくるまで経過を観察します。なかなか癖が治らない場合は習癖除去装置(図9)を使うこともあります。
大人の方の場合はマルチブラケット装置で治療を行いますが、親知らずなどの抜歯が必要になることが多く、
治療中は顎間ゴム(図10)を必ず使用してもらいます。骨格にも問題のある場合は矯正用インプラント(TAD、図11)を併用することもあります。
図9 習癖除去装置タングクリブ
図10顎間ゴム
図11 矯正用インプラント
舌の癖が治らないと、いったんよくなっても成長中に再発しやすく、マルチブラケット装置で歯を動かすときに舌が邪魔をして動かない場合があります。又、保定中に開咬が再発することもあるため、治療が最も難しい不正咬合の一つです。
不正咬合の種類(3)上顎前突
Q:上顎前突(じょうがくぜんとつ)とは、どのような歯並びの状態のことでしょうか?
奥歯で嚙んだ時に上の歯が下の歯よりも前にある状態、いわゆる「出っ歯」のことです。
上顎前突はいろいろな要因によって分類することができますが、
①上あごが大きすぎるタイプ
②下顎が大きすぎるタイプ
③骨格に問題はないが歯だけが前に出ているタイプ
に分けることができます。
成長期のお子さんの場合は、どのタイプに属するかによって治療方法が変わってきます。
これから成長によって下の顎が大きくなるため、治療効果が得られれば歯並びだけでなく骨格的な変化が期待できます。
大人の場合は成長がないため、主に上の前歯を後ろに引っ込めることで出っ歯を治していきます。
Q:そのままにしておくとどのような弊害がありますか?
一番の弊害は見た目が悪いことですが、それ以外にも一般的に以下のような悪影響があるといわれています。
・ ぶつけたときに歯が欠けたり折れやすい
・ 発音(特にさ行)がしづらい。
・ 口が閉じづらいため口呼吸の原因になる。また、食べ物が食べづらく、こぼしやすい
・ 前歯で噛めないので、奥歯ばかりで噛むようになり、奥歯がすり減る。
Q:原因は何ですか?
上顎前突になる主な原因は①遺伝的なものと②後天的なものに分けることができます。
① 遺伝的な理由
骨格的に上の顎(あご)が大きい、下の顎(あご)が小さいなど、子供の顔が親に似るのと同じ理由で、出っ歯になりやすい方がいらっしゃいます。
② 後天的な理由
指しゃぶり。鉛筆やタオルなどを噛む。下唇を噛む。うつ伏せで寝る。口がぽかんとあいている。など、様々な癖が原因で上顎前突になることがあります。又、クラリネットやサックスなどの管楽器が原因で前歯が出ることもあります。
一般的には①と②の両方が重なると症状は重くなる傾向にあります。
Q:治療方法にはどのようなものがありますか?
成長のあるお子さんと成長のない大人の方で治療方法が違います(図1)。成長がある場合はできるだけ骨格の問題を改善するような治療方法を試してみますが、残念ながらすべての方がうまくいくわけではありません。効果があまりない場合は、成長終了後に大人と同じ治療を行います。
子供と大人共通する治療方法の一つは前述した、出っ歯の原因になっている癖を治すことです。簡単ではありませんが、原因を取り除かないと、予想した治療結果が得られなかったり、治った後に再発することがあります。
図1 上顎前突の治療法
稀ですが、極端に下顎が小さかったり、顎の関節の発育がひどく悪い場合などは外科矯正(手術)をしないと治らないケースもあります。
Q:どのような装置を使いますか?
第1期治療では、ヘッドギア(図2)で上顎の成長を抑制したり、バイオネーター(図3)のようなファンクショナルアプライアンスを用いて下顎の成長を促進します。しっかり使用できればある程度の効果は期待できますが、すべての人がうまくいくわけではありません。
大人の場合は上下の顎の位置関係に問題があったり、歯の位置に問題があったりする場合は永久歯を何本か抜いてスペースを作り、エッジワイズ装置を使用して(図4)上の前歯を後ろに下げて治療します。
まとめると、成長のあるうちは習癖などの上顎前突の原因を取り除き、上下顎骨の位置関係改善のできる装置を使用して治療を行い、永久歯が生え揃い、顎の成長がある程度すすんだら抜歯が必要かどうか判断して、すべての歯を並べる治療(第2期治療)を行います。
図2 ヘッドギア
図3 バイオネーター
図4 エッジワイズ装置